Homeへ

 左にメニューが表示されていない場合はここをク リックしてください

関連ページ

コ−ス案内

受講詳細

イベント情報

アクセス


所有機材
PA、アンプ

ROLAND Cube60
 ホールでも使える60ワットの大出力ギターアンプです。
 もちろんホールクラスはラインアウトが必要だが、この小ささと軽さ。移動も楽々です。

ROLAND Cube100 Bass
 ホールでも使える100ワットの大出力ベースアンプです。
 もちろんCube60同様ホールクラスの会場ではラインアウトが必要だが、この小ささと軽さ。Cubeさまさま。

CRATE TX50DBJ
 ストリートミュージシャン用の充電式アンプの定番クレイトのタクシーシリーズの最大音量の50ワットのモデル。
 ストリートライブやアウトドアで活躍。楽器だけでなくヴォーカルマイクもつなげる!。エフェクトも豊富でなかなか良い音なります。
講師について


茂呂直哉

1974年生まれ。A型。さそり座。
黒人音楽、英語、発声、ハモりのマニア
キリスト教(プロテスタント)


 アメリカで発声、その他音楽理論、作曲、編曲、楽器等を学び、Jazzの学校も出る。
 アメリカでシンガーソングライター、黒人との混合のヴォーカルグループのメンバーとして、また楽器プレイヤーとして黒人の店などのステージに立つ。また黒人教会のゴスペルクワイヤとしても活動するかたわら、インディーの黒人のレーベルで編曲などの仕事をする。
 初の仕事はプロデューサー/トラックメイカーとして黒人の運営しているレーベルとディール。
 帰国後レーベルなどのアーティストのトレーナーも務め、また大手のスクールでも講師を務める。
 しかし現在は、より理想の教育を行う為に大手などのスクールを辞め個人教室という形でTriple M music art Classを運営。
 初心者からプロまでレッスンをしている。

教えるうえでのモットー

1)音楽は楽しくなければ身に付かない。

 もちろん時として厳しさも必要です。


2)確実に技術を提供します。

 自分自身の発声教育のセオリーもありますが、良いものは全てとりいれます。
 発声研究家であるため世界中の豊富なエクササイズをコレクトしています。その中からその生徒を上手くするために最善のものをピックアップします。多く世界的な著明なヴォイストレーナーのセオリー、エクササイズもコレクトし、自分自身が生徒が必要なものをすぐに引き出せる倉庫としてお役立ちいただけます。
 また人生論や経験論など無駄な会話は控え時間内ギッシリとレッスンが詰まっています。
 いままでプロからアマチュアから100人近くの生徒を教えているでしょうか。しかし新しい生徒との出会いは自分にとっても新しい課題との出会いです。
 誰でも出来て、自分自身も産まれてから意識しないで出来ていた事がどうしても出来ないという予想も出来なかった悩みをかかえている生徒もいます。歌は身体をつかいます。人間の身体の仕組みに対する視野。また脳から身体に伝えます、よって精神的な面の視野。常に視野を広く持つ為に自分自身も生徒と共に課題に挑み研究を重ねています。



3)人間常に成長。

 講師またプロのボイストレーナーであり多くのセオリーを学び実践している経験があっても常に毎日が成長です。
 新しい生徒との出会いは上記にもありますが、私にとって新しい課題との出会いでもあります。そのために自分自身が常に学び成長しなければいけません。またレッスンで説明する際により共感出来て解り易い例や言葉の表現を磨く事も心掛けています。
 そして人間としても教育者として日々成長です。音楽の講師、トレーナーとして生徒と信頼をお互いに築いていく事にあります。
 しかしレッスン上に自分が相手にとって良いと思って与えた事が相手にとって負担になるものであったり。優しさが愛情である場合と、厳しさが愛情である場合。同じ相手でも時によって求めるものが変わります。
  人の個性や生活環境は千差万別です。時として自分も人間である以上間違った事を言ってしまったり、してしまう事も当然あります。その度に反省なのですが、生徒もあくまで音楽教育を受ける事が一番であり、そこにこそ信頼関係がある事をご理解頂けたいです。
 最近は音楽教室もサービス業化をしていて自分も出来るだけ楽しくという事を心が手はいます。生徒の中にも自分はお客だという様な事を言う人も居ますが、あくまで先生と生徒としてのプロフェッショナルな関係が一番に来なければ教育そのものが成立しません。
 生徒をお客だと思ってしまい、サービス業になってしまえば、嘘で褒める事しか出来ません。ある大手で生徒を本気で教える必要なんてない、本気で教えればついてこれなくて辞める。とにかく辞めない様に気持ち良くお金を払わせる様にと言われました。それはビジネスであり教育では断じてありません。非常に怒りを感じました。
 人によってはそれで楽しい人もいるかもしれません。しかし自分に言わせればそんなレッスンにお金を払う事は、お金をドブに捨てるのと同じです。
 とにかく広い理解を持つために人間的に日々成長する様に心掛けています。しかし何よりも生徒の才能を愛する事。新しい生徒との出会いは新しい才能との出会いで本当に素晴らしいです。


 経済誌『国際ジャーナル』に教育の現場からというテーマで
取材を受けました。(2005年10月号)
 『積み木崩し』の作者で俳優の穂積隆信さんと対談をしました。


私はこうして黒人的発声を身につけた

 何故わたしがここまでブラックミュージックのとりこになったかとどうでもよい事はもし興味のある方は右のコラムを読んでいただくとして、どうやってブラックミュージックの発声を身につけたかについて書きます。

 ここでは多くの苦労話し、そしていかに彷徨ったか。という話しです。しかし色々な経験から意外にも身につけるには単純で簡単な事だと解った事。声を出すという事に対しての発想や常識、文化背景が違っただけの事。身体の使い方とメカニズムの理論が違うというだけの事。
 それに気づくまでの10年以上の経験と研究の奮闘記です。生徒が私と同じ苦労をする必要はありません。この無駄(と言ってしまっても悲しいが)と思える苦労を生徒がしない様。レッスンという限られた時間内で無駄なく回り道なくスピーディーに合理的にそのノウハウを教えています。何事もメカニズムを知れば意外に簡単に無理なく身につけられるものなのです。わたしの珍奮闘記を笑ってください。

 私も多くの人と同じでした。R&Bを歌い始めたのが16歳くらいの時。黒人みたいに歌いたい。でも声が日本人の声質で挫折の繰り返し。どうやったら黒人みたいな声が出るんだと悩み。人によっては声帯や身体の作りが違うというトレーナーも居て。しかし現実に日本人でも黒人みたいな歌い方を出来る人が居るではないか。日本人が少ないというなら、フィリピン人にはいっぱい居る。そして白人やヒスパニックで黒人みたいに歌うシンガーも現実に居る。特異体質なのだろうか?。だから諦められない。
 それからは狂った様に例えば英語のスクリプトなどを黒人風に発音したり、黒人みたいな声を出して読んでみる。そのためひたすら黒人映画やらドラマやらを見まくった。ギャング映画でHip hopトークを研究した。ラップもやった。見る映画はブラックムービーオンリー、
 血が違うのだろうか?。色々な黒人の友達を作って文化を学んだり、黒人の彼女を作ったり。黒人文学や、黒人の歴史を学んだり、R&Bのルーツのブルースを聞きまくり、勉強するためにブルースやディープソウル、ゴスペルというルーツミュージックのメッカ、メンフィスにも住んで修行をした。黒人の教会でも歌った。何故ならR&Bシンガーの殆どがゴスペルで喉を鍛えたと言うだけで完結するからだ。黒人教会で洗礼を受け聖書も学んだ。何がビックリしたってクワイヤ(バックで歌う人達)はみんなオペラみたいな発声だった。その教会がおかしいのかと思い他の教会に行ったりしたがどこも同じだった。CDをいっぱい買ったがだいたい同じだった。
 だいぶ染まったし、身になった、でもいまいち掴めなかった。いやむしろ生に触れる経験という意味で貴重であったが、歌はちょっとそれっぽいくらいしかいかなかった。
 それはとうとうルーツであるアフリカにまで向けられた。アフリカの色々な音楽を聞き声を真似てみた。またアフリカの影響の強いジャンル、ブルースやファンクのシンガーを真似たりした。アフリカの友達を作ったり。アフリカの音楽、声を聞きアメリカの黒人と違う声である事に興味を持ったし、明らかにルーツがそこにある事を学んだ。しかしアメリカ人の黒人みたいな声は出なかった。

 もちろん黒人のトレーナーにも習った。しかし自分が習った人達が偶然そうだったのかは知らないが、ジェイムス・ブラウンみたいにファンキーにとかマーヴィン・ゲイみたいにメロウにとか、マディー・ウォーターズみたいにブルージーにと言われてもそれが出来ないんだって。一通りR&B誕生の50年代のドゥーワップから60'sのモータウン、サザンソウル、70'sのフィリーやスウィートソウル、ファンクなどひと通り聞いた。80'sや'90sはリアルタイムだったんで。色々なシンガーを研究した。それがあったからこそ(また現在も研究しているから)それが実って今の仕事があるのだが、しかし相当に悩んだ。

 私のこの長年の苦しみを救ってくれたのが意外にもある白人のトレーナーの著書だった(日本語訳はされていない)。それがアメリカ式のボイトレとの出会いであった。黒人の先生はよほど他人種に慣れている人でなければ、黒人のコミュニティーで教える場合が多いのかもしれない。つまり黒人っぽい歌い方などを文化として受け継がれあえて研究する必要はなく暗黙の了解で当たり前過ぎるのかもしれない。もちろん多人種に黒人の発声を教える専門のトレーナーも居るかもしれないが。しかし私の出会った著者の白人のトレーナーは白人が黒人っぽく歌う方法を知っていたのだ。
 つまり黒人以外が黒人の癖を真似るメカニズムが既に存在していのだ。これは大きな驚きだった。つまり当教室で教えているプレイスメントとレゾナンス。アメリカにある全てのジャンルに対応出来るというものだ。もともとイギリスの移民が作った国。当初はクラシックの声楽であった。しかしそこに奴隷として連れてこられた黒人達。最初は彼等の音楽は無視をされていたが、アメリカを象徴する音楽といって良いジャズが流行した事で黒人の歌唱法を白人も取り入れる事が進んだ。何故なら発声法がクラシックの声楽で説明のつかないユニークなものだったから研究され、そしてアメリカ独自の発声法が産まれた訳である。

 そしてそれらは日本人以外にも黒人の生徒や白人の生徒を持つ事でより確かな確信が持てる様になった。

 ブルースはアフリカのマウスレゾナンス、モーリス・ホワイトやラリー・ブラックモンなどのファンクやアレサやマーヴィン・ゲイやロナルド・アイズレーなどソウル、現代のR&Bにも特にR.Kellyやジョン・レジェンド、アリシア・キーズなどシンガー。いやもっと広く黒人シンガーを説明するのに欠かせない。実は日本人もマウスレゾナンスの民族だがアフリカとは若干違う。日本人が直接口から出すのに対し、アフリカ人は上の前歯の裏に声を当てる。マウスレゾナンスは木造文化で育った発声である。だからこそ西洋人には無かったものである。
 そしてジャズはソウルヴォイスでもあるネイゾル。日本の音楽シーンでは80'sにおニャン子クラブとかが鼻にかけて歌った事で、鼻はアイドルと意味嫌い教えていない。しかし美空ひばりはジャズから影響を受けたのかめちゃくちゃネイゾルではないか。ビリー・ホリディを聞いて欲しい。しかしその鼻(ネイゾル)にこそソウルヴォイスの秘密があった。
 いかにもネイゾルはK-ci&JojoのJojoや往年だとO.V.ライトなどのディープソウル。しかしマライヤやBoyz II Menも例外でない。往年でもオーティス・レディングやら...そんな説明は良い。ネイゾルを使わない黒人のシンガーの方が珍しいくらいだからだ。しかし当の黒人達は多人種に比べネイゾルが強いのを気がついていない場合が多いようだ。マウスが血であるアフリカンヴォイスならネイゾルこそソウルヴォイス。この出しかたのメカニズムを知ればどんな人種でも出せるのである。
 そしてアフリカ人とアメリカ人の黒人の声の違いはゴスペルにある。黒人教会は昔は白人の教会の賛美歌を歌っていた。19世紀の黒人教会を再現したCDを聞いたら非常にクラシックだった。つまりその名残が残っているからだ。ブルース、ジャズ、そして黒人霊歌をミックスし出来たゴスペルは以外にも20世紀と最近である。つまりマウスとネイゾルに西洋のヘッドとチェストレゾナンス。普段、生活レベルでもから音が響く石造文化で産まれた、いわゆる声楽。クラシックを聞いて欲しい。響くという事に以上なまでの美学を持っている。そのアフリカとヨーロッパで育った発声が組み合わせる事で、アフリカン・アメリカン(アメリカの黒人)特有の声が産まれたのである。

 ここから実際にレッスンでとなる部分であるが、つまり黒人と日本人は民族的な血が違うとか体系が違うから出せないというのは迷信である。メカニズムを知り訓練をすれば出せるのである。世界的に見て今クラシックの声楽の次にポピュラーなのがアメリカのヴォイトレである。フィリピンやマレーシアなどでは普及していると出て来るアーティストの声で立証される。しかし日本は島国根性なのかアメリカ式のヴォイトレは殆ど普及していない。
 私はアメリカで実際に行われているアメリカ式発声を更に日本人の文化背景や癖を理解したうえで、日本人が習得しやすい指導、研究をしています。当教室のアメリカ式ヴォイストレーニングと私の指導法はこうやって産まれたのです。  



所有機材
マイク

SHURE SM58-LCE
 ライブでのマイクの定番Shureのゴッパーです。
 最初みんなこのダイナミックマイクってカラオケマイクと違って苦労するんですよね。自分も大分泣かされました。
 レッスンではゴッパーの使い方もマスター出来ます。

SHURE 55SH SERIES II
 通称ドクロマイク。これもダイナミックマイクです。
 海外アーティストのビデオクリップはジャケなどでもおなじみのシンガーの憧れのマイクですよね。
 もちろんレッスンでも使えます。
ピアノ/キーボード

YAMAHA P-80
 いまだにファンが多いヤマハのP-80です。
 10年近くの前のモデルなので重いが、そのリアルな音色は本物のピアノにも匹敵する!?。
 レッスンの伴奏用に使っています。

KORG X50
 持ち運び楽々の軽量だが高性能のシンセ。
 思いっきりマイファーストシンセというふれこみですが...。プロでも納得の音色と操作性。
 ライブに大活用しています。なんといっても軽いのが一番!。ギターみたいにギグバックで背負えます。

CASIO PX-310
 軽くて高性能で人気のPriviaの300ちかい音色内蔵のステージ用モデル。
 ピアノの音色に若干不満はあるがライブでメインで使っています。
エレキギター

GIBSON Lucille
 私はかつてB.B. King'sの向かいの店で修行した事もあり、B.B. Kingといえば天の上の人。そんなB.B. Kingのルシールモデル。ついに買いました(;oo;)b
 これをジャズコにつなぐと本当にB.B. Kingそのものの音がします(;oo;)

EPIPHONE Empepor II
 あのジョー・パスのモデルとしてギブソン直系のエピフォンから出ているエンペラ−2。ジャズギターの練習用に活用しています。
 このルックスに、このサウンド。素晴らしいの一言。まあジョー・パスみたいな超人的な弾き方は出来ませんが...。
FENDER U.S.A. Stratocaster
 これはもう20年近く前に買ったものです。天下のフェンダーストラトキャスターのヴィンテージモデル(復刻版)'57モデルだっただろうか。今となっては不明。
 今は手入れが悪く壊れて要修理(>oo<;)
アコースティック/ガットギター

YAMAHA CGX171CCA
 ガットギターはクラシックで使うギターですが、R&Bのバラードでは良く使われています。
 これはボディーの内部にマイクが搭載されているエレガットのモデルでメインギターとして使っています。

FENDER GDO-200
 フェンダ−のアコースティックギターです。フェンダーのアコギ!?と思われるかもしれませんが、リーズナブルかつ良い音がします。ただエレアコじゃないのでアンプには直でつなげません。
 主に生徒の伴奏に使ってます。

IBANEZ EW20KOE
 アイバニーズのエレアコ。この存在感。そして分厚いボディーから出るクリアで美し響きにウットリ。一日一度はかきならさないと気が済まない程です。
 アイバニーズはリーズラブルで良質のギターを作っています。エピフォンと並ぶくらい好きなメーカーです。
ベース
FENDER U.S.A. Precision
 アメリカの中古屋で買ったフェンダーのプレシジョンです。
 年代は確か'76年だったと思います。メインでライブなどでも使ってました。
IBANEZ AEB10EDVS
 アイバニーズのエレアコベース。
 リーズナブルだが、ボディー鳴りがかなり良く、チューナーもついているハイテクもの。

 
ミニギター・ベース

EDWARDS E-LP-50C/M
 ESPの直系のエドワーズが本気で作ったミニレスポールと聞き買わずにいられなかった。
 アンプ内蔵でディストーションもかかる、ミニギターとは思えない完成度。

PIGNOSE PGG-259
 ポータブルアンプで有名なピッグノーズのミニギターは今やZoさんに勝るとも劣らない。
 アンプメイカーならではのミニギタ−と思えない音量とクリーンな音質。ギターの作りもしっかりとしている。

PIGNOSE PGB-200
 こちらはピッグノーズのミニベース。ミニベースとは思えない太い低温が出せる。
ドラム
PERAL Forum FX
 ライブ用に購入したパールの初心者用のドラムセットです。持っているのはホワイトカラーのものです。
 初心者向けと言っても基本セットですのでなかなかの音です。当然家での使用は難しくライブのみで使っています。
ROLAND V-Drums Lite HD-1
 これは練習用に購入したV-Drumです。今までのV-Drumはややスペースをとりましたが、これは本当にコンパクト。消音性も高く練習に最適です!。
 価格もとってもリーズナブル!。
DJ機器
NUMARK CDX
 スクラッチも出来るNumarkのCDJ、CDX二台。そしてHip hop DJ定番のPMC-05のDJセット。
どうでも良いが...
 私がブラックミュージック狂いになった理由


 私はどういう訳かブラックミュージック以外は一切聞かないという片寄り様です。しかしだからこそこういう仕事が出来るのですが。
 まずは家庭環境が大きかったです。何故だか知りませんが歌謡曲を異常に嫌う家庭で、子供の時はクラシックだの外国の映画音楽だのしか聞けなくて、アニメの主題歌なら大丈夫でしたが、J-popというか当時はニューミュージックとか呼ばれていましたが、はやっていたベストテンを見ようなんてものなら大変でした。
 ルパン3世の主題歌が好きで聞いていたら、歌謡曲なんて聞くなって怒られました(;oo;)
 そんなでしたが、姉がいて姉が中学3年になり、はやりの歌謡曲を聞いていないと友達と話題が合わないという事で、しかし口では言いにくかったらしく親に手紙を書いた事で、親もそれならという事で、自分が小学校6年の時に歌謡曲が解禁されました。
 ベストテンとかトップテンとかいつも姉と一緒に見てビデオに録画する程ハマりました。サザン(当時はクワタバンド)やオフコース、杉山清隆とか好きでした。
 しかし、しかしです。その姉が半年もすると洋楽にハマり、ある時歌謡曲番組を見ていたら、「まだそんなの見ているの?。ダサっ」って言われたんです。小学6年で、姉が中3だったので、なんですかね、姉にダサいと言われると、ダサいのかああ。って真に受けてしまって。それ以降今まで邦楽は一切聞かないという感じになってしまいました。
 もうひとつの理由としては、家でJ-popを聞く事はなかったのですが、高校生の時にカラオケが流行って、みんなが歌っている歌を覚えてJ-popをカラオケで歌ったりして友達と遊んでいたのですが。曲を書く様になって、英語で洋楽みたいなのを作りたくて、いざ作ったらカラオケで歌っていた歌の影響が出てJ-popっぽくなったのが気に入らなくて一切聞かなくなったんです。
 J-popが悪いとか全然思いません。ボクサーが減量をするために食事に規制がある様に、ソングライターとして自分のアーティストとしてのスタイル上、規制をかけただけの話しです。

 話しは戻りますが、例の姉の一言以外、音楽からは遠のいていて聞いたとすればロッキ−4の曲が好きで、今考えればJames Brownを聞いていた事になります。
 しかし中3になった時くらいにまたしても姉の影響で洋楽を聞く様になりました。姉がロックとか好きだったのでロックを聞いて、エレキギターを買ってガンガンのロックバンドも組んだりしていたのですが、ロックのルーツを勉強するウチに黒人のブルースを聞きショックを受けたのが高校1年の時でした。
 これだ。って思ってロックを辞めてブルースや'、ブルージーな60年代のサザンソウル、オーティス・レディングやレイ・チャールズなどですかね。ジェイムス・ブラウンも好きでした。モータウンはブルージーじゃなかったので当時はあまり好きじゃなかったのですが、4 topsが何故か好きでちょっとは聞いていました。だんだんブルースからSoulやFunkを聞く様になりました。
 当時はギタリストで一日6時間も練習する様な気違いぶりで、クラシックギターやジャズギターなんかも勉強していました。なので歌はサイドワークだったのですが、Funkやサザンソウル、ブルースみたいにギターが全面に出ているものはともかく、Soulを色々聞くうちにギターよりやはり歌にしびれ、あれ程情熱を注いでいたいたギターよりも自分も歌いたいと思う様になりました。純粋に素晴らしい歌に感動したのです。黒人特有のあのソウルフルな心をえぐった様な歌です。しかし黒人の様に全然歌えない...。

 そこでSoulシンガーが口をそろえていう、Soulのルーツであるゴスペルも聞く様になり。当時はゴスペルなんてCD屋になかったので(今でもあまりありませんが)必死に都内中のCD屋を歩き回って買いました。そしてCDに合わせ必死に歌の勉強をしました。
 でも昔のソウルとかジャズとかしか聞かなかったです。何か当時のMCハマーとかニュージャックスウィングの様な派手派で衣装でナンパに踊りまくっている軽い感じの現行ブラックミュージックは好きでは無かったです。LLクール.JとかアイスTとか悪そうなHip hopは聞いてましたが。いや、当時は悪そうだったんですよおお、ハマーと違って。なんかカッコつけてたんですかね。ラブソングなんてチャンチャラおかしいって思っていて、ギャングスタラップとかの方が良かったですね。ハハ。
 しかしジャズギターの勉強で買ったジョージ・ベンソンのベストアルバムが間違えてギタリスト時代で無くシンガー時代のもので、しかしそれを聞いて凄いって思いました。いわゆるコンテンポラリーなR&Bの歌い方で。ジョージ・ベンソンはあのホイットニーで有名なGratest Love of Allを歌った人です。メチャクチャ上手いです。こんな感じで歌いたいって心から思いギターを辞める程の衝撃でした。
 そしてもうひとつの衝撃はクインシー・ジョーンズですかね。クインシーは世界で最も成功したプロデューサーであり、マイケル・ジャクソンをはじめ多くのシンガーを手がけてきた大物ですが、Listen upという曲のビデオクリップ見て、それが凄い、ゴスペルのワイナンスやAl. B Sure、キャリン・ホワイトやらメチャクチャ凄いシンガーのオンパレード。ビッグダティーケーンやアイスTのラップもフューチャーされていて、しかもHip Hopベースのカッコ良い曲。衝撃を受けました。これだって。実際Hip Hopソウルの草分け的な曲のひとつです。
 クインシーみたいな全ての楽器を編曲出来るプロデューサーになりたいって思いました。シンガーや楽器だけでなく全てが出来る様になりたいって強く思い曲も書く様になりました。でもクインシーはあまりに凄くて挫折しました。
 で、色々現行のR&BやHip Hopを聞く様になりました。
 そんな時にまた姉なんですが、ブラックミュージックを色々あさっている姿を見て、友達からもらったという色々なアーティストの入っているテープをくれました。それにジェイムス・イングラムやらが入っていたのです。ジェイムス・イングラムをきいてこれだって思いました。これが歌なんだ。って。そしてらなんとクインシーの育てたシンガーだと知り、クインシー関連のシンガーを集めまくりました。

 だんだん普通に聞いていましたね。Boyz II Menがちょうどデビューして、自分のアイドルは彼等だと言っていい程に本当に大ファンでした。ベビーフェイスはやはり好きだったし。ラブソングにハマりましたね。あの黒人特有のR&BのBの部分ブルースですよね。どうにもならない状況で、本音で聞き苦しい様な事を時に泣きじゃくる様に、時にパワフルにそしてセクシーに。ジョニー・ギルとかピーボ・ブライソンも好きだったし、私がはじめて愛した黒人女性、シャニース。いやあ、いやあ。
 で、また曲を書こうと思って、書いたらJ-popっぽくって、それが自分で許せなくて例の規制をかけました。最初は歌よりもラップものを友達と作ってました。(遊びの次元ですが。)クインシーには挫折しましたが、アイスTとか、あとはテディー・ライリーとかみたいなのだったら自分も出来ると言っては失礼ですが。そんなの作ってました。
 あとはTake 6。とにかくコーラスものが好きでしたので衝撃なんてものじゃなかったです。さっそくアカペラグループを作った程でした。まだ日本でアカペラグループなんて殆ど存在していなかった頃です。
 それからはJodeciだのTLCだの、もう現行R&B、Hip hopを聞きまくりでした。特に'80年代から新しい音楽、Hip Hopソウルがちょうどまだ試作状況で出てきた変動の時代だったので面白かったです。Mary J.のデビュー当時です。
 そんなこんなで自分は黒人音楽以外は聞かないという片寄った人間になりました。渡米してからは特に、黒人の店とかに出ていたので日本人だと舐められたくない。黒人からも認められたいリアルなアーティストになりたいと必死でした。日本人が黒人に認められるには彼等のルーツであるブルースだと思いブルースも修行しました。

 最初の渡米では駄目駄目でしたが、とにかく色々作って、で、黒人のレーベルに認められる程になりプロになりました。24歳の時です。
 しかし当時はピアノは弾けないし、感覚だけでやっていて音楽理論も全く知らない。色々勉強しまくりました。
 その後ゴスペルにハマり米軍基地の黒人教会に通いで洗礼まで受けました。その後渡米した時に本格的にクワイヤやりました。ジャズも好きですね。でもやっぱりR&B、そしてHip Hop。新譜はとりあえずだいたいめぼしいのは全部買わなければ気が済まない。そしてやはりルーツの'50、'60、'70、'80年代のソウルやらファンクやらディスコやら、とにかく気違いの様に好きです。
 付き合う女性も友達も黒人以外とか付き合わないとか、歌詞を書いたり、より黒人文化や言葉を理解するために映画も黒人映画しか見ないという変人ぶりな時期もありましたね。
 ハッキリ言うとここまで来ると変人ですが、だからこそ専門に仕事が出来る。
 ビサの問題や、この仕事が忙しくて、あと色々な訳あって今はアーティスト活動を中止していますが、いずれまたアメリカでやります。

 しかしアメリカで音楽をやっていて、また生活していて一番強く思ったのは、世界に通用する日本人アーティストが出て来て欲しいというところですね。日本語の歌謡曲でヒットしたものもあり、それはそれで良い。しかしスキヤキ以外はやはりヒットしたワールドミュージックにすぎない。そうじゃなく向こうのポップチャートで、メチャクチャリアルな、日本の音楽っていうんじゃなしに、何も日本の事を知らないし興味も無い様な人達でも、世界中の人達が流行のポップミュージックとして本当の意味で楽しめる音楽。日本人を本当の意味で世界に言葉、そして心を伝えられる代弁者、ヒーローの出現です。
 やはりそういうアーティストを育てたいというのも大きな夢であり、ライフワークですね。
 スポーツや映画、アニメの成功、日本文化は今やカッコいいものとして定着してきました。自分が初めて渡米した時なんか、日本人イコール電気製品、車という認識しか無かったです。日本人自体に興味を持つ人は少なかったですし人種差別の対象にも度々なり嫌な思いもしました。

 今は違いますよね。自分のやりたい事とは違いますが、日本のアニメとかつうじて主題歌を歌っている日本人アーティストに興味がもたれはじめているみたいです。パフィーがアメリカで連続アニメで人気番組であり、世界中の子供はパフィーの音楽を聞きたがります。パフィー好きじゃないですが、これはこれでとても良い現象です。ハイハイパフィーを見ていた子供達が大人になったら自然にJ-popを聞く様になる事でしょう。
 シンガーが世界で成功する意義は世界中の誰でも解る愛を歌うからです。そして言葉で表現します。車や電気製品ではリアルな日本人、人間そのものにはスポットがあたりません。

 ともかく自分はアホな程、ブラックミュージックが大好きなんです。理屈じゃなく、好きでたまらないのです。もう20年近く、そしてこれからも永遠に好きでしょう。
 


※このサイトはフレーム対応です。
左にメニューボックスがあるのが通常の状態です。
もし検索などでこのページだけ表示された場合は右下のアイコンをクリックしてください。
CACAのフレームで表示
Triple M musicトップへ
Triple M musicのフレームで表示